『サウダーヂ』を観た。

上映前にはカンタンながら川瀬陽太さん、野口雄介さんの舞台挨拶があったり
して。
TBSラジオ「ライムスター宇多丸のウィークエンドシャッフル」で宇多丸さんが
大絶賛していましたし、さらには今後DVDの予定がない、ということも後押し
していやが上にも期待感が増してました。

でとうとう観ましたよ、『サウダーヂ』。

さて、どう捉えたらいいものか。
いろんなとこのレビューを見ても、やはり評価が高く好意的に受け止められて
いることがわかります。
それは十分わかってるんですけど。

それは、この作品を見て「ああこんなところもあるんだ」と別世界を見るような、
日常ではない風景を眺めているような見方をした人の感想なんだろうな、と
感じました。
おそらく、日常的にそんな風景が目の前に広がっている、あるいはそんな経験の
ある人がこの作品を見たら、映画ではなく、ナレーションのないドキュメンタリー
番組のように見えるのではないでしょうか。
救いのない風景を見せられたら、それはほとんど現実の世界なのであって、
それを疑似体験した気になった人には面白く感じるでしょうが、1800円
払って現実を大画面で見せられたら、それはもう退屈、うんざり、辟易。
むしろ、こんなもんを見せもんにして何が面白いんだ、とむかっ腹も立ったり
する人もいるんじゃないのか、と。
正直に言うと、おいらはそう感じました。

もうひとつ、胸の内を吐露するラップが、ほとんど聞き取れませんでした。
先日のTBSラジオ小島慶子 キラ☆キラ」で宇多丸さんが紹介していた
ライムスターのライブDVD副音声で、おそらくはこの映画を意識したであろう
客はどうせ聞いちゃいないんだw、という会話がありましたけど、、
聞いちゃいないんじゃなくて、聞き取れないんです。
発声がなっていないので相手に届きにくい、という根本的な欠陥がある。
ちゃんと聴こうと思っても、届かせる技術がなければ響かないのです。
言いたいことを理解させるのに歌詞カードが必要になってしまうんです。
昔、ミスタードーナツダンキンドーナツがしのぎを削る争いをして
結局勝てないダンキン側が立地条件だの広告だの価格体系だのいろいろ
マーケティング調査をしたらしいのですが、決め手となっていたのは
そんなことではなく、ただ単純にミスドの方が美味かった。
それだけのことだったと。
そして実は、それが屋台骨を支える最も重要なことなんだと。
『サウダーヂ』が訴えたいのが、そういう不器用さゆえに苛立ちのある
地方都市の若者の実態を描きたかったのなら、素晴らしい。

でも今回観て思ったのは、地方都市の実態を映したテレビのドキュメント
番組然としたイメージと、ラップを人に訴える手段として考えるなら
声に出して伝える技術のボトムアップをすべきだろうということでした。
今のラップなら、聞いて感心はしても感動はしない。
もっともっと、がんばれ。
ちょっと厳しめですけど、これが偽らざる感想です。

『人間の証明』を読んだ。

映画『人間の証明』を観てから、どうしても気になって、原作の小説を読んでみました。

結論からすると、この小説の内容を2時間の映画にするのは、無理。
なのになのに、くだらないファッションショーシーンに計7分10秒も使ってもう!
(※以下、自粛)

映画では開始早々にいろんな謎が解けすぎちゃって、ミステリーの体をなしてません
でした。原作の小説は、ちゃんといろんな伏線を引いて引いて、ちゃんと回収し、
しかもそれぞれがリンクするところがなんとも心地よさすら感じます。
引き合いに出して申し訳ありませんけど、小説『ピース!』とはエライ違いだ。

この辺のところは、文庫版にある横溝正史さんの解説が正鵠を得ているように感じました。

 そうかと思うと作者はとつぜん筆を転じて、小山田武夫なるこの物語に全然関係なさそうにみえる人物について語りはじめる。私もしばらく戸惑いをおぼえずにはいられなかったが、それはそれなりに興味ある挿話なので、作者の筆に引きずられて読んでいくうちに、それが徐々に本筋に合流していくのをしって私はじっさい愕然とせざるをえなかった。
 しかし、こうして筋を追って語るのはこのていどにとどめておこう。これはひとつの雄大交響曲楽的な小説なのだ。ジョニー・ヘイワードも棟居刑事も、ケン・シュフタンも非行少年も、またその母にして有名な女流評論家も、さらにまた一見無関係にさえみえた小山田武夫も、それぞれのパートを演奏しながら、巧みなハーモニーを保ちつつ、壮麗なフィナーレへと突進していく。それは爽快であると同時に興奮を誘う以外のなにものでもない。


最後に八杉恭子に辿り着いての攻防、せめぎあい、ついに陥落、の一連のくだりは
クライマックスにふさわしいなぁと納得しました。
そして最後の最後に、「あっ、つながってたのか!」と思わせるところが素晴らしい。


でも…

ラストシーンは映画の、霧積の崖の上でのあのシーンが印象に強く残ってます。
映画版はこのシーンとバックに流れる「人間の証明のテーマ」がすべて、といっても
いいぐらいだなぁ。なんて。


原作の小説は読み応えがありました。これは読むべき!

ラジオでのやりとりをそのままニュースネタにするってのは・・・

先週、「爆笑問題がラジオでマジ切れの大ゲンカ」なるニュース見出しを見かけました。
オリエンタルラジオや古くは品川庄司がラジオ放送中に取っ組み合いの大ゲンカを
始めたのは有名ですが、爆笑問題がマジ切れの大ゲンカ?
火曜深夜の「爆笑問題カーボーイ」と日曜午後の「爆笑問題の日曜サンデー」は
聞いてますけど、ニュースになるようなシーンなんてなかったし。
他の番組にゲスト出演して、ケンカした…?

ニュースの詳細を見てみたら。

 だが、こうした田中の売れ方に太田はマジで面白くないようだ。3月7日に放送されたTBSラジオの深夜番組「JUNK 爆笑問題カーボーイ」で太田が荒れた。田中に対し「おれにもピンの仕事をよこせよ」「自分ばかり売れやがって」とマジ切れ。田中との間に緊張した空気が張りつめる瞬間があった。
日刊ゲンダイ

爆笑問題太田光田中裕二に不仲情報が流れている。原因は田中の単独出演番組が
多くなって太田がひがんでいるためだ」だって。

いつも聞いているリスナーだったら、そんな受け取り方しないのにね。
だって、毎週のようにやってるんですもの。あの2人。

田中さんの飄々とした受け答えが支持されている、と太田さんが勝手に思って
ひがんでるというのを記事にしたいなら、今回のじゃないでしょう。
TBSテレビ「情熱大陸」が放送600回記念として爆笑問題の2人をそれぞれ取り上げて
2週連続で放送した際、田中さんの回が太田さんの回よりも視聴率が良かったことを
受けて、「カーボーイ」の中で太田さんが落ち込んでた、てのを取り上げるべき。
だってあの太田さんが、落ち込んでたんですから。
太田さんが落ち込んだのでいうと、「日曜サンデー」で954キャスターの名前を
思いっきり間違えて呼んだときにもありましたけどね。

太田さんが一方的に、病的に口汚く罵るように口撃するのは、彼らのラジオでは
日常であって、それ自体ぜーんぜん珍しくない。ニュース性なんてまったくない。
ま、太田さんの田中さんに対するあの罵倒がだから面白いか、ウケてるのか、
というのはまた別問題ですけど。
おいら個人的には、あれを面白いと思ってやっている太田さんの感覚には不快以外の
何も感じられませんけどね。
まあそれは置いとくとして。

しかもこんな程度の内容を、「不仲情報が流れている」とさも既成事実であるかの
ような書き方してるのもどうかと思います。
「流れている」んじゃなくて、「流している」んでしょ?


ナイナイの深夜ラジオ「ナインティナインのオールナイトニッポン」からも
ここ最近、安易にやりとりを拾ってきてニュースネタにしているのがありました。
やれ韓流があーだの、秋元康プロデュースに対してどーだの、先週は「今週の
インパクト」で和式便器が製造中止うんぬんという虚構ネタを紹介して真面目に
語ってた、なんてことが取り上げられたり。

最近、ホントこういうのが多い。
ラジオの深夜番組は、聞いて「アホか!w」って笑ってあげるべきもんですよ。
それをメシの種にしようなんて。

ネタがないから人気のラジオ番組からネタを拝借して、周辺取材やウラ取りもせず
そのまま流してるのが見え見えです。
しかも熱心なリスナーじゃないから、経緯も真意も把握できてないし。
そんなの、ニュース記事じゃないですよ、単なる“聞いた感想”。
下手すりゃ素人のブログよりも低レベル。

ネットやラジオから安易にパクらないで、もう少し足で稼いできたらどうですかねぇ?


…これが、「わざとネタにしたんだよ」というなら、逆にあっぱれですけどね。
あっぱれだけど、悪意あり過ぎだな、そりゃ。

やっぱり日本語吹き替え版が好き♪

TBSラジオ「ライムスター宇多丸のウィークエンドシャッフル」の特集コーナー
「三度の飯より吹き替え版が好き!by 三宅隆太監督」、
日本語吹き替え映画特集が面白かったー。

おいらは映画『ダ・ヴィンチ・コード』を観に行く時に、先に観たヤツから
「セリフの情報量が多くて、字幕ばっか見てたわ。読むなら字幕版、観るなら
 吹き替え版、これに限る」
と聞いていたので、その時初めて映画館で日本語吹き替え版を観ました。
なんか映画館で観るんなら字幕版でしょ、なんて変な思い込み、みたいなものが
あったんですけど、実際に日本語吹き替え版を観てみたら、実に違和感なくて、
ストレスなくて、素直に楽しめたのを覚えています。
英語を完璧にリスニングできるならともかく、潔く(?)日本語吹き替え版で
観た方がより楽しめそうな気がします。
DVDで観るときに、字幕版で本人の声を堪能しながら観たらいいんじゃないかな、
って思います。
なので、三宅監督に賛成ぃー♪
もっと日本語吹き替え版での上映を増やしてくれないかなぁ。


日本語吹き替え版といえば。
むかーし昔その昔、国籍不明の謎の日本人レスラー(!?)が、謎な映画に
声を当ててたのを思い出します。
それが、これ。


ああ、なんていい時代なんでしょうw

京都に行ってきました(鹿苑寺編)

北野天満宮に続いて、鹿苑寺に行きました。
実はじつは、京都には何十回も来ているのに、金閣寺を見たことがまだないんです。
・・・いっつも龍馬さんと慎太郎さんのお墓参りに行っちゃうからね。。

ということで、今回初めて見ました!ばばーん!

・・・ばばーん!て効果音の感じじゃありませんね。失礼。
いやぁ〜、自分で撮ったからではありませんけど、絵になりますねぇ。
晴れたらもっともっと映えただろうになぁ〜。

とにかく外国人の方が多かった。
金髪の方がけっこういるなぁと思っていたら、日本人のような方もヒヤリング
できない言葉を話されていて、日本人が半分いるかなぁってぐらい。
そりゃ京都観光に来たら、まず観に行くわな、金閣寺
おいらは今まで何をしてたんだろ。

なんて思いながら金閣の横に移動したら、目の前に鳥さんが。
これ、ツルかなぁ?
長いことここにいるんでしょうね、みんなから撮られてるのを意識
してるだろ、ってツッコミたくなるくらいにゆっくりポージングして
くれました。
たぶんモデルのバイト代、もろてんちゃうかな。


金閣の上で燦然と輝く、火の鳥
あ、鳳凰っていうんでしたっけ?
この鳳凰は、例の金閣寺放火事件の前に取り外されていて、火を
免れているそうですよ。火免の鳥。
後ろがいちばん近づけるので、失礼ですけどお尻側からパシャリ。

SonyNEX-7」レンズキットのやつ(E 18-55mm F3.5-5.6 OSS
で撮ったんですけど、アップにしたら鳳凰の表面の細かいところまで
よく表現してて、改めてNEX-7スゴい!と思いました。
あんまり撮れすぎてて、鳳凰さんに申し訳なく思っちゃうぐらい。
鳳凰さん、ごめんね。(´・ω・` )

京都に行ってきました(北野天満宮編)

♪梅は咲いたか 桜はまだかいな

梅の花を愛でて春の訪れを感じよう、なんて突発的に風流もどきを思いつき
梅の名所、京都は北野天満宮へ行ってきました。

久しぶりの遠足(?)だったので、Sonyのデジタル一眼カメラ「NEX-7」の
試し撮りをするというのも目的でした。
試し撮りと言ったって、取り扱い方に慣れよう、程度ですけどね。


北野天満宮は、学問の神様と呼ばれる菅原道真公を祀った神社。
とっても落ち着いた大人の雰囲気漂う方々ばかりかなと思っていたら
若めの方々もけっこういました。もしかしたら受験祈願のお礼参り
だったのかも。

事前情報では7分咲きと聞いてましたが、見た目はほぼ満開でした!


ただね、当日は空いっぱいに雲が覆ってる状態でして。
これが晴れわたっていたらもっと映えただろうけどなぁ。


そうそう、歩くとそこかしこに牛の像がいます。北野天満宮では牛を
祭神の使者、「神使」としているんですって。
ぐでーと横たわってる神使のお牛様、ちょっと誇らしげな神使牛様。


いままでコンデジしか扱ったことがなかったので、NEX-7
撮った画像は細部までキレイなもんだなぁと思いました!
PCで若干いじった、より元のキレイさがわかります。
構図等、“腕”は変わらないので、これは仕方ありませんけど。。
NEX-7ではパノラマ撮影もできまして、シャッターを押しながら
ゆっくり横へカメラをスイングするように撮ると、こんな画も
撮れるんです。不思議だね〜。


しばらく太宰府天満宮も行っていないので、来年は太宰府天満宮
梅も見てみたいな。

シンクロニシティ

シンクロニシティ
それは「意味のある偶然の一致」−−

シンクロニシティ(英語:Synchronicity)とは「意味のある偶然の一致」のことで、日本語訳では「共時性(きょうじせい)」とも言う。非因果的な複数の事象(出来事)の生起を決定する法則原理として、従来知られていた「因果性」とは異なる原理として、カール・ユングによって提唱された独: Synchronizitätという概念の英訳である。 何か複数の事象が、「意味・イメージ」において「類似性・近接性」を備える時、このような複数の事象が、時空間の秩序で規定されているこの世界の中で、従来の因果性では、何の関係も持たない場合でも、随伴して現象・生起する場合、これを、シンクロニシティの作用と見なす。
Wikipedia

シンクロニシティ
それは「運命なんて信じちゃいないけれど、偶然という言葉よりほんの少し強いね」。
(by 米米クラブ「抱きしめたい」)

カンタンに言えば、「偶然にしちゃあ、できすぎてるよね」って事柄。
なんとなくアイツにメールしようかなぁと思ってたら、アイツからメールが来た、とか。
なんとなく見つかりそうだなと思いながら女風呂を覗いたら、なぜか見つかった、とか。
なんとなくUFOの話をしてたら、タイミングよくUFOにさらわれた、とか。


何かと言えば、ニッポン放送ナインティナインのオールナイトニッポン」でね、
岡村さんがFacebookやりたいなぁって話になって。
ツイッターだと炎上するから、という理由らしいんですけど、Facebook
身の上話、というか身の下話、性の悩みを友達にぶつけたい、とか言い出して。

Facebookやり出したら言うとくけど亀頭炎とかなったって、このラジオで
 言わへんからな。恥ずかしいやん、ラジオで“亀頭炎になりました”とか。
 それ全部Facebookに載せる」
「海外に友達おったらジャパニーズ コメディアンって言えるけど、それ仲間内で
 やるから。“亀頭になんか気泡が出来始めた。亀頭炎かもしれない”
 『それは、亀頭炎だよ』
 『いいね!』
 ・・・なにそれ?」

(※スタッフから「いいね!」に関する説明があった模様)

「えっ、Facebookやったら今度『いいね!』ていうのがFacebook用語になの?
 ツイッターやったら『なう』とかやけど、『いいね!』てことなの?
 ・・・なんで亀頭炎になったいうてんのに『いいね!』てボタン押すの?
 アホとちゃうの!?
 悩んどんねんこっちは。 意味のわからんことを言い出すなよ(笑)
 おかしいやろ、脈略。ちゃう、亀頭炎になったって悩んだことをFacebook
 載せてんのに『いいね!』てボタンがあるからって、どういうことやの?
 なんなの、『いいね!』っていうのは」

(※スタッフが「いいね!」ボタンの意味を“クール”だと説明した模様)

「クール?なんでやねん!悩んでるって。
  (「亀頭炎、クールちゃうわ!(笑)」と矢部さん)
 なんや、Facebookってクールなことしか載せたらあかんのかいな?
 性の悩みやったりその、なんかあるやろ? そういうのを、ラジオでは言われへん
 性の悩みをやね、Facebookでやろうと思てんのに、『いいね!』(笑)
 “すごく腫れています”
 『いいね!』
 ・・・それちゃうやろ。わからんわ〜。Facebookも考えもんやな、そういう
 風に使おうと思ったときに友達全員に『いいね!』『いいね!』言われたら。
  (ぜんぜんクールちゃうやん、と矢部さん)
 ホンマか?あいつ(※マーク・ザッカーバーグのこと)何作りおってん、
 ぜんぜんクールちゃうやん!
 ソーシャルネットワークはめっちゃクールだ、って言われとってんで。
 将来のビル・ゲイツは君だ、言われとって、なんやそれ。Facebookって。
 (中略)
 ボタンはじゃあ『いいね!』しかないのか?
 (※スタッフからの回答を受けて)
 『いいね!』1本なんや!? 否定ないんかいな?心配できへんやん、人のこと。
 あ、コメント書けんのかいな。・・・『いいね!』て言うてから??
 『いいね! 、、大丈夫ですか?」て? おかしいわ、わからんわ。
 日本向けちゃうな。ポジティブやなやっぱ、アメリカが生んだやつやから。
 いいじゃんいいじゃん、てとこから入って、いや待てよってなっていくねや。
 “もういいぜ” つって(笑)。最後、サンドウィッチマンの伊達君みたいに
 “もういいぜ” つって」


先週土曜のTOKYO FM桑田佳祐やさしい夜遊び」に引き続いて、
サンドウィッチマンの話になったなって、それだけなんですけどね。